浅瀬からこんにちは

沼って言える程でもない みたものきいたものの 記し場所。

世界の終わりに君を乞う@銀座博品館劇場 12/5 マチネ

舞台上には白い布と何段かに高さの異なる足場。右奥にパーテーション、その奥に生演奏の演奏者さんがいる。

オープニング。カンパネルラ(法月康平)と主人公の一葉(黒沢ともよ)が向かい合っている。一葉は観客に背を向け表情は読み取れない。カンパネルラはそんな一葉に「嘘だね」「なんで泣いてるの」と声をかける。全編を通して伏線が繊細に張り巡らされ、後半、このシーンもそんな伏線の一つだったと判明する。

一葉は2年前に起こった列車事故の生き残り。PTSDを抱え、犠牲になった親友の思いも抱えて必死で生きていこうともがく女子大生として描かれる。そんな一葉を見守る弟、優しく支える彼氏、治療を手伝う医師たち、大学の演劇サークルの仲間。それぞれが普通に生きているようでいて、どこか不自然さを醸し出す。

物語のキーワードになるのは一葉がたびたび見る不思議な夢とフリーライターの男。夢の内容は鏡の国のアリス銀河鉄道の夜がモチーフ。どちらも死んだ親友との思い出がある話らしい。フリーライターの男は静謐に保たれた場の均衡を乱す存在として描かれているが、実は彼にものっぴきならない事情がある。

それほど大きくはない舞台を縦横奥行き存分に使うセットと演出、そして幻想的で美しい劇伴や歌の数々に胸が躍らざるを得ない。プロジェクションマッピングの使い方は今まで観てきた舞台の映像効果の中でも最も美しかったと感じた。

そして何より役者陣の熱演。配役には個々の役者の強みが生かされており、それぞれ伸び伸びと魅力が輝いていたように思う。全員良かった。中でも主演の黒沢ともよさんが表現する、感情の起伏はものすごかった。パワーが膨大かつ怒濤過ぎて、黒沢さんは本当に「一葉」になってしまったのではないかと心配になるほどだった。あんなパワーの発露がマチソワある日もあるなんて正気の沙汰ではない。現実と虚構を行き来する列車の先頭に立つ「アリス」として、彼女の存在は唯一無二だと感じた。

 

…と、本当に魅力的な素敵な舞台作品であったのだけれど、いかんせんベースになっている題材がしんどい。 脱線事故。関東の若い人たちにとっては大昔の終わった事故かもしれない。しかし中年にとって13年前なんて昨日のことのような近しい過去だし、そんな昨日も同然の実話をベースにした作品と気づいてしまうと、素直に舞台に浸ることができなかった。リアルなブレーキ音や暗闇、あの頃たくさん報道された、列車に乗っていた方々の体験談が生々しく頭によみがえってしまって、もう少し時間が欲しいと感じてしまう。

現在私は関西住みで、あの路線をたまに使うだけの人間で、当事者ではないけれどこの様だから、知らずに当事者が観に来てしまったらしんどい。 そりゃベルばらだってエリザベートだって、1789だってタイタニックだって実話ベースのエンタメだけど、だけれども。

1度観て、どうしても観たければまた上京しようと考えていたけれど、1度のみをじっくり反芻して咀嚼することにしました。